江戸小紋に挫折

ピルを飲み始めて10日たちました。もう気持ち悪さはなくなり、日増しに慣れていくのがわかります。でもまだちょっとぼおっとしてるけど。とかなんとか書いてると、もう今日の分を飲むのを忘れているのに気づいて慌てて飲みました。完全に慣れたらほんとに飲み忘れそう。でも飲みなれている人でも、うっかり忘れて2錠一度に飲まなきゃいけないときは、ほんとうに気持ち悪くなる、と言っていたので恐ろしくて飲み忘れられません。忘れないように、携帯メールで知らせてくれるサービスもあるらしい。

妹が江戸小紋の着物を親に買ってもらったので、私にも、ということになり、昨日見に行きました。私たちは成人式に着物を仕立ててもらってないので(興味ゼロどころかマイナスでした・・)、一生着られるものを作らないと、と親はdeterminedな気分だったらしく。

江戸小紋は、派手なものが全く流行らなかった江戸時代に生まれたもので、小さい小さい模様が細かく染められていて、遠めに無地のように見えます。細かい分、技術のいるもので、みなそれなりのお値段。妹がそれを選んだために私も、と安易な気持ちで店に行っていろいろ合わせてもらうも、うーん、着ねえーな、で終わる。江戸小紋はかなり改まった場でも着られるもので、これをあえて普段着るとおかしいくらい。まあ着ちゃいけないことはないけど、よっぽど着慣れた人しかしないでしょう。そしてあのしゃなりとした縮緬がやはり私は苦手で・・。好きなものもあったけど、結婚式とかその他改まった場所に行く予定がとんと想像できず。私のまわりで立派でトラディショナルな結婚式をあげる知人友人が皆無。自分の人間関係を考えると、こりゃあ中年になるまで(以降も?)着る機会がなかろうと判断しました。着物じゃなきゃいかんシチュエーションもないしね。

機会があるかないかなんてわからないんだから!緊急のために仕立てるんだから!という意見もよくわかるけど、ン十万もするものを、いやぁ結局一度も着ませんでした、では済ませられないです。そういう身分じゃなし。同じ値段のする着物なら、やわらかい紬とかのほうが着る機会がありそう。
しかしいろいろ合わせてみると意外な色が似合ったりする、というのは本当で、ピンクを着せられそうになったため、いやじゃーと逃げようとしても店の人が腕をつかんでくるので笑仕方なく着てみると、これが悪くない。うーん。

江戸小紋のような上等なものでなくとも、着物は好きだけど、着ると自分の内面との違和感がありすぎて戸惑う。なに仮装してんのよ、と。町を歩く着物人を見ても、大抵はなんか辛気臭い感じがするし。別に「着物って素敵!」とかときめくような憧れもないし、大体そういうイデオロギーが商品化されている感があるな、などとあまのじゃくになってしまう。などなど、どうにもすっきりしない私と着物の関係。なのでどうしてもカジュアルな方向に走ってしまっていけない。私の場合は、好きと着るは別、なんですよね(普通は好きだから着る、なんでしょうが)。これはほかのことでもあてはまりますな・・。

でも浴衣は着るのが簡単なので着るぞー。お仕立てしたダルメシアン浴衣もあるしな。多分3年くらい前だけど、ほんとに風呂上りに着るような木綿100%の浴衣を初めて着てライブにいったときのことを思い出すと恥ずかしい。あんなの近所に出るくらいのためのものなのに、電車に乗ったとは・・。でもこういう本当の使い道としての気軽な浴衣も好きなので、西荻くらいは歩けるかな。夜に散歩とかねー。

この頑固者が江戸小紋は買わないと決めたようなので、じゃあどうすればと不機嫌になっていた母に、じゃあ宝石にして、とリクエスト。母の友人でジュエリー作家の人がいて、もう完全に道楽でやっているのでたまに個展をするくらいで、商品として作ってるタイプではないらしい。母とそのまわりの友人たちが、彼女に作ってもらったものを見てると面白いものが多くて気になっていた。カジュアルに見えても、ダイヤなど石を使うともちろん着物くらいの値段になる。しかし、オーダーメイドなので、どのようなものが欲しいのか考えないといけないのがネック。よく女性がつけているプチネックレスなどは、私は一生つけることはないと固く信じていたのだけど、最近悪くないなあーと思い始める(加齢!) そんななのでジュエリーに関して見る目が全く養われてないから困った。やっぱり着物になるんだろうか・・。

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着物受注会

着物サイトをうろうろしていると、こんなイベントを見つけました。アンティーク着物屋が集って受注会をするそうです。中には辺鄙な場所にあったり、関西の店もあったりするので集まってくれるとラクですね。けっこう本気のアンティークが多いみたいで、気になる。浴衣もあるわー。このイベントのオープニングパーティーに、ショピンというバンドがでるそう。なんか聞いたことありと思ったら、サケロックやトクマルバンドにいた(る?)人も参加しているらしい。
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on 着物(長いよ)

来月頭に母が原宿のギャラリーで陶芸の個展をやるのと、5月にシカゴの友人がやってくるので、春だしまた着物着ようかなと思っていたところ、西荻の豆千代モダンという有名な着物屋で前から見ていた市松の着物にぴんときた。店に行くとMサイズが1点しかない。もっかい母に相談しますなんてちんたらしてたら売り切れた。Sは裄(袖丈)が短く、Lは長い。着物の場合、裾は長くてもどうにかなるけど、袖だけは古い着物のように詰めたあとがあってそれを出せるのでなければ、どうにもならない。

着物熱がではじめた友人と再度来店、残るMサイズは振りが通常よりも長い二尺のものしかない。振袖まで長くないけれど、やはり布の分量が多いだけに少し華やかなもの。着物を知らない人には振りの長さでどう印象が違うものなのかなんてよく分からないだろうけど、柄が市松なだけに、あんまりエレガントに着るものじゃないから、やはり見送った。帰宅後ネットで前から観ていた別の店の売り切れの市松着物が、ひょっこり低価格で載っていたから勢いでクリック。友人も翌日勢いで買っていたので、発作の連鎖が・・。

もう確実に1年以上着物は着てない。というのは、古着物など安いのを買ってばかりいたので、着まわしなんて考えてなかったし、まるで適当だったため、安心して着られるものが手持ちにひとつもなかったのだ。だんだんそれらの着物が状態のよくないものであることに気づいたり。かといって仕立てた浴衣も、去年の夏は一度も着ないまま(知らない人にダルメシアンみたいですね、と寺ライブで言われたデカい水玉)。

モノがなかっただけでなく、どうしても着物を着るという行為に馴染めないという心理的な要因もある。そもそも成人式にも着物に無関心だった自分がなぜ突然本とにらみ合いながらよいしょよいしょと着るようになったかといえば、帰国した5年前はまだ着物ブームが続いていたからだ。日本という情報の海に再び投げ出された私は、着物ブームも北欧雑貨ブームも、喜んでとびついた。雑誌や本を買ってはでれでれしていたわけです。久しぶりだなあこういうの、と。
着物本をたくさん出している人は、アメリカ留学を終えて帰国してから着物に目覚めたそうで、私もそのよくあるパターンにはまったのかもしれない。余計に日本を外から見るような目で見ざるをえなくなってしまったゆえなのかも。だって着物って長方形の布を一切斜めに着ることなくつなげただけなんだよ!ってノリがすでにそうだったのか。

引っ越してきた西荻は着物店の充実した街。家から歩いて行ける距離に着物屋がえーと、今現在は少なくとも5件はある。しかし着物はいろんな意味で面倒でちんぷんかんぷん。どこまできちんと着るのが常識なのか(昔の人は普段着だからびっくりするほどだらっと着ている)とか、どれが年齢・季節・場所相応なのかとか。着物と帯の素材の相性やら管理まで。それらのルールをある程度守ることが自体が、着物を着る意義でもあることがだんだん見えてくる。四季を愛でる心とか、他人への気遣いとか、それこそ日本文化を総合して体現しているような気さえしてくるほど。着物しか着るもんがなかった時代はもっといい加減だっただろうけど、現代では着物を着ることは、日本の伝統を守ることにもつながるという意識がどうしてもあるようで。たしかに着物のことを読んでいると、なるほどなあと我が民族の知恵や情緒感覚に感心する。たしかに二世代もあとになれば、こういうことを知っている人がいなくなって廃れていくかもしれないという危機感も湧いてくる。

そうやって感心するのと同時に、日本文化再発見、みたいな、昨今ありふれている和ブームの一環としてみるとシラけちゃうんだなぁ。古民具の素晴らしさとか、メイドインジャパンの完成度の高さとか、そりゃそうなんだけど、多分メディアで一斉に食いついている様子がもうシラけさせるのだと思う。ナチュラル系雑誌とかもうアホみたいにムックで並んでいるしね。あれ吐きそうになるね。といいつつ、それほどやさぐれていないムードのときは手にとって高速でぱらぱらしてしまうのだけど。

あれ、話が違った。とにかく、自分の母親が着物で生活をしているのも見たこともない世代の私たちが、着物は怖くない!着物は簡単!着物をまいにち着ています!とアジテーションする様子が奇妙に思えることがあるのです。彼女たちがそう叫ぶのは、まさしく日本語が亡びるときの著者(女性)と同じく、私たちの固有の文化が消え行くのを見てられない!という焦りなのだと思う。そうして叫ぶ人がいないとほんとに簡単に廃れるだろうし、私もその叫びを聞いて着物のよさを実感したり、恩恵を受けているわけです。それが奇妙に聞こえるのかは、私がねじれているだけなんすかね。

アジテーションを浴びて着物熱にうかされながらも、やはりどこか一歩引いてしまうのは、自分が東西の隙間に挟まっている感覚にとらわれているので、素直になれないせいだろう。うちら日本人だし、着物がよく似合うはずだ(といっても実は、街で素敵と思える着物姿なんてほとんど見かけたことがない!)と言ってみたところで、自分の生活を振り返ると、ほとんどのインプットが洋モノ。外ばっかり見ているもんだから、着物を着る=日本人であることを覚醒する、だとすれば、着物と自分は乖離しているように思えてしっくりしないというか落ち着かない。着てるくせに、アメコミ読んでたりしてちゃ似つかわしくないし、ただのファッションだと思われたくないという変な意地もある。いや、ただのファッションという意識だけでは着物は自分で着られるようにならないと思う。
いや、今気づいたけれど、それでも着物を着ようと思ってしまうのは、罪悪感からなのかもしれない。そんなややこしい話?と思われるかもしれませんが、でも多分そうだろうな。

ちょっと待って。別に着物ってきれいだな、着てみたいな、と単純に思うから着るんじゃないの?と言う人も多いと思う。それが一番いいよね。たしかにきれいな着物はほんとにきれい。しかし、自分がそれほどおしゃれとして着物に感心があるほうじゃないんだな、と実感したことがあり、それでちょっと深く考えてしまったのです。それは二部式着物を着たとき。リネンとか現代的な布を使って、上下別々に着る着物というものがあります。その上からこれまた簡単なつくり帯(形ができあがっているので、巻いて乗せるだけ)をつけるので、もうものの1分で着付け終了。店で着せてもらってあまりの簡単さに驚いたけれど、その着物を買う気は全くしなかったのです。着付けはある程度練習がいるのでそれが着るハードルにもなるのだけど、こんなに簡単だとただの洋服と同じ。しかし、簡単でしかも着物の格好をしてるんだから一石二鳥!、とはならなかったことが、着物との付き合いを考えさせられました。着付けも着物文化の一翼を担っているのだから、それを全部はしょってしまったら着物を着る意味がない、と即座に思えたのです。あーあ、結局自分も着物に日本文化をしょわせてしまっているんだなぁ、となんだか残念な気持ちに笑。もっと気軽でいいじゃないか! ちなみに二部式着物は、すでに着付けができて、毎日着なければならない人、毎日着たい人にはとても便利だと思います。私も帯はつくり帯が欲しいです(名古屋を結べるようになったら!)。

とにかく、着物ひとつ着るにもいろいろ葛藤があってそれらと対峙できてないところがある。こうして書くとぐちゃぐちゃした話になるけれど、単純に着物てきれいだな、というのももちろんあります。本やネットで見始めると、やはりでれでれしてしまうし、着てウけたい、というのもある。それに友人によると、最近店に着たい洋服がないから着物きてみたくなった、らしい。たしかに。最近はマタニティか、大草原の小さな家の子供かよ!てくらいふんわり、ゆったり気の抜けた服ばかりで困りますな。ガキんちょみたくなるか、フケるかどちらか。そりゃ着物にしようかな、ってなるよな!

ちなみに買ったのはここの店です。以前ほかの某有名ネットショップで綿着物を買って、あまりのごつさに返品した経験があるので、このポリエステルも多少心配です。でもとりあえずこの春は着る予定ができたので、練習しようー。
着物ファン必読のムック、七緒から永久保存版・着付け指南本がでていたので、これ買わないと。DVDもついてます。
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帯の解き方

前記事のIn the realm of〜は、「非現実の王国で」の原題を踏まえているのだけど、ちょっとタイミングがずれた・・。観たんですが、残念ながら予告を観て面白そうと思った箇所は、本編でほとんど発展することがなく、かなり物足りなかった。本人を知る人々が少なすぎて、そのほとんどが同じようなことを話すので、広がらない。彼は孤独な人だった。以上。という感じ。勤め先の病院の人間とか探せなかったのかしら。ヘンリー・ダーガーの作品がとても好きだという人にとっては面白いのかもしれないけれど、拍子抜けするほどエピソードも少なく、ドキュメンタリーとしては情報不足でした。原美術館で以前行われた彼の展示の際、トークもあったらしく、それを観た友人は、そっちの話のほうが、面白いエピソードが聞けてよかった、と。

これまた以前の記事に載せて欲しいと騒いでいた着物を、実際見に行きました。月に6日しか営業していませんが、ネットの商品を実物として見られる機会があるだけいいです。
ここの着物は、二部式といって、上と下が完全に分かれています。目からうろこの簡単さとはどのようなものか、実際に着せてもらってびっくり。画像はこちら参照。

下:巻きスカートになっていて、マジックテープで留めて、さらにこはぜ(足袋についてる金具と同じもの)で留める。終わり。
上:まずおはりょりを作る。といっても、ちょうどいい長さを決めて折り返し、ぐるっとマジックテープで留める。あとは羽織って、ついてる紐を結ぶ。終わり。
さらに、
帯:胴体部分はからだに巻きつけて、またマジックテープで留める。すでに角出しの状態になっている部分を、背負って、ついてる紐を前で結ぶ。帯締めもついているので、それを前にまわして、結ぶ。終わり。

全部ひっくるめて、ものの2ミニッツです。
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買った、買った!






居内商店で買ってしまいました!ぎゃー。コートは2万円、着物は17000円ほど。サイトリニューアル前の価格だそうで、安い!今なら送料・代引き・消費税無料。関西にいる人は、大阪船場の実店舗に行けてよいなぁ。
着物は、木綿です。木綿は、アンティークやリサイクル店にでていないので、新品を買うわけだけど、なんせ関東では知る限りなかなか気軽に行けるところには売ってない。気楽に着られると本で読んで、ぜひ欲しいとねらっていた物。これは今年の新柄。冬はコートがあると、気軽に着物が着れるのだ。厚着しなくてよいし。
下駄は浅草で。またゆるめてもらいに行くことになりそうだが・・。5200円なり。これは底が舟形という形だけど、形と鼻緒によっては3500円くらいでも作れます。
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勃発的な着物熱

昨夜観た「インテリア」は、台詞で進行する舞台劇のようで、みんな言いたい放題で生々しいのが観てて少し疲れる・・。かなりdisturbingな。映画に希望を求めたい気分なときは観ないほうがよいです。唯一地に足の着いてそうな次女のボーイフレンドが魅力的。アニー・ホールもマンハッタンも撮った撮影監督のゴードン・ウィリスによるカメラワークがほんとうにきれい。自然光しか使ってないのか、薄暗いけれど人の表情がよりリアルで映画にぴったりだ。こんなふうに写真が撮れればいいのになといつも思う。

あまりに暑い、けれど今日は秋に向けて盛り上がる着物熱を発散しに出かける予定。去年からぼちぼち着始めたはいいけれど、自分はどんなものが似合うのか、さらには好みもよくわからないでいる。数を見て着まくるしかない。興味のある路線は3つあって、
ひとつは普段着系。着物は地味めで木綿や紬やポリエステルにして、帯でにぎやかにする。もともと着物でおしゃれしようという気概がないので、自然とこうなるはずなのだけど、まだ木綿の着物を持ってない。冬の洋服があまり好きでないので、もっと着物を楽にさくっと着られるようになりたい・・。

いわゆる大正浪漫系。派手な銘仙。銘仙とは、大正時代に安い糸で大量生産され、安物であるために柄や色が豊富で、遊び感覚の気軽な着物として着られていたらしい。今よりもっと地味な顔だった日本人女性がこれを着ていたというのはなんだかギャップがあって面白い。いまどきの派手顔の子が着ると品がなくなるのだろうけど。

モダン着物で有名な豆千代系。昔の艶やかな着方を念頭におきつつ、もっと現代風なアレンジのされた洋服感覚の着物。これは着物着てる!という気概がなくてよい。西荻に豆千代の店があるのだけど、オリジナルは総じて高い・・。ちょっとモダンすぎて安っぽく見えないこともない。

手持ちの着物や帯を写真にとって出かけます。もっと曇れー。
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今年の浴衣、作る

去年の夏に着物雑誌「七緒」でみた、高円寺にある大黒屋という呉服店に浴衣を見に行く。この日に限ってえらく若い格好に、一番汚い靴を履いていったにもかかわらず、ここは庶民的に親切で、いわゆる呉服屋的な怖さはまったくなく、おじちゃんとおばちゃんがいろいろ見せてくれる。雑誌でみた白地に小さな水玉のものを試したけど、地味になり、もっと大きな水玉柄のがぴったりきて、満場一致でこれがいいね、となる。自分は髪も黒くて眉毛もはっきりしてるせいか、繊細なものが似合わない、のは去年銀座で浴衣を見立ててもらったおばさんも言うとおりだった。しなっとしたものより、張りのある生地じゃないとだめよ、と。生地は綿と麻の混合で、少し透けて涼しい感じのもの。去年は結局ネットで安く買ったのは綿100%の昔風な浴衣だったけど、さすがに昼間から着てるとかなり暑かった・・。

帯もあれこれ試して、きれいなエンジ色の麻の半幅帯か、シックな緑かでおばちゃんとおじちゃんの意見が分かれる。おじちゃんが押していた緑は、実に粋でかっこいいのだが、やっぱりベージュ、藍色、エンジの組み合わせは私の好みで、こちらにしようかと思う。今日は取り置いたけれど、明日は決めに行こう。初めてのお仕立て。仕立てとは、オーダーメイドのようなもので、袖丈とか身丈を自分に合わせてくれるのでとても着やすいのだそう。出来上がったものだと、慎重163センチに合わせてあることが多く、多分私の場合大きくてだめだろう。しかし着物の接客ってメガネの接客に似てるなあと思った。お客の好みを考えつつ、似合うか似合わないかをはっきり言うところとか。はっきりと、これは合わないとプロに言われると、すごく素直にうなずいてしまう。メガネもそうだけれど、着物もプロの言うことに間違いはない、と思います。自分もお客さんにそう思われるような接客をしてるといいな。

わりとよい値段ですが、もうすぐ誕生日であり、30になるので(歳をちまちま隠すのはやらしいですね)いいか、と思ってると、両親からのプレゼントということに。母は若いころ、短い間だったけれど友禅を描く見習いをしてたこともあり、着物には寛容なのだった。帯なんてこれから60になっても使えると言われたし、良い買い物な気がする。さっそく着ていくイベントを予約ー。

今日こそ赤ちゃん服を作るぞと意気込んでいたら、布(だけ)を職場の人に見せびらかしたために店に置いてきてしまい、気合が不発に。どうしても何か作りたかったので、手慣らしにとパンツを作ることに。ユザワヤで布を買ってきて、本に載ってるパターンを写す。文化卒の職場の子がパターンを写してる作業を見学しておいて良かった。カーブも、普通のまっすぐな定規をうまく使って線を描いてるのを目撃したおかげで、みようみまねだがちゃんとできた。布や紙を切る、ローラー式のカッターがあるという情報も仕入れたのでさっそく買って使ったら、はさみよりきれいにできた気がする。上手な人がやってるのを実際に見るって大切。
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二階堂さん、着物本新刊

イェンスも演奏したマウント・イアリのライブが、二階堂和美さんを観た最初のライブだった。イェンスもゆっていたけれど、泣けた。本当にびっくりした。最近、夜帰宅するときの曲は常に今日を問うpart2です。この歌詞いいですね。私もどうしようかな、と問うてしまいます。この曲ってそのライブでもやってた早口の曲と同じだと思うのだけど、どうなんでしょう。新しいアルバムに関しては、詞はなんと本人が書いたものでないんですね。CDでは、コンペアノーツからでているアメリカツアー総決算CDにのみ収録されているようで、これは欲しくなりました。歌詞に反応してるわけじゃないのに、歌ってると目頭が熱くなるのは、ビョークとカメラオブスキュラのトレイシーアンと二階堂さんの三人だけ。なぜか男性ボーカルではそうはならない。今まで、あまりじっくりと聴いてなかったので、なぜKレーベルと関連があるのだろう?と思ってたけれど、また落としましたよ、を聴いてると、納得。
バンド編成は去年何度か観たけど、ソロも観たい。2月のネストのはどうなんだろう。二階堂さんは、私がとても頼りにしている友人に顔がうりふたつなので勝手に親近感を持ってしまいます。

>ブルースインターアクションズの出版物は音楽サブカル系だけでなく、けっこう多岐に渡っているのだなと、うちのお店のイラスト関係をすべてやってくれている中川清美さんの画集もそこからでているのを知って気づいた。着物女のソコヂカラという、着物のスタイリング本が出版されるそう。かなり非日常的な内容そうだけど。3月にユーロスペースで、着物が美しい日本映画をまとめて上映するみたいで、これらをDVDで観てみようかなと思う。昔の日本映画ってまだ未着手の分野で、広大そうなのではまるかもと思うとちょっと恐ろしい。
日本映画といえば、こないだ行った映画館でなにげなく見たチラシで、ある映画で、高校の同級生が主演しているのを発見。そういえば彼女の父親がそういう仕事をしてる人で、劇団に入ってたりしてたかも。独特でナチュラルな子だった。びっくり。



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羽織、自転車のゆくえ

自分が実家に住んでいたら、生活や精神状態はかなり変わるんだろうなあと思う。まあもう住めない体になってしまったけれど。

なぜか羽織を2着購入。気に入った羽織があれば、着物はいい加減でよい(羽織は脱がなくていいから)という横着者根性で。しかしこういう安物買いはそろそろやめないと、もう5年もしたら着られないものばかりになってしまいそうだ。
前からミシンが欲しいと騒いでいたら、父がミシンを買ってくれた。ボーナスに甘えて、新宿にある「通販生活」のショールームで購入。足ふみペダルもあるので、これでがんがん縫えるぞ。着物用のバッグの布や、パンツを作るウールジャージーも吉祥寺で調達。
店を観て回っていても、全然欲しいもんがなく、みな同じに見えてしかたないので作るしかない。


数日前、また自転車が姿を消した。そこにあるはずのものが忽然といなくなっているあの喪失感。夏に一度撤去され、実はうちから近かった上井草まで3000円とともに迎えに行った。今度はまた駐輪禁止区域内の道端にうっかり止めていってしまったので(市の駐輪場が不便なとこにある)、再度迎えに行かねばと思っていた。イェンスが買ってくれた自転車だし、図書館からも足が遠のいてしまう。すると今日交番から電話が。最近自転車なくされました?あるアパートの前に止まっていると連絡を受けていて、盗難届けがでてないから処分しちゃうところだったんだけど、おたくの自転車と分かったから、アパートの人に電話してください、と。いやだな、迷惑自転車としてアパートの管理人に怒られるんかなと思いつつ、電話してみた。すると、管理人らしき人は、誰か悪いやつが乗り捨てていったんだね、見つかってよかったね、と大変好意的な見解を示してくれて驚きつつも、話をあわせておいた。ともあれ、心を入れ替えてだいぢにしようと誓いました・・。
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着物で外出、密着しすぎ


着物を着て出かける本番前に、実際外に着ていくとどんな問題が起こるのかシミュレーションするべく、半衿も縫いつけて(写真)外出しました。半衿を縫い付けるってどういうこと?と最初思ったけれど、これは、長じゅばんという着物のしたに着るものの衿に、好きな布をいちいち縫い付けて着るんですね。そんなめんどいことをするなんて驚いたけれど、またといてほかのを縫い付ければ長じゅばんが何枚もなくても良いのです。縫い付け方も本で見てもよく分からず(丁寧にやるといろいろやり方がある)、もとから縫い付けてあったものの通りにやってみたら簡単にできた。この半衿はかまわぬで買った手ぬぐいです。

実際着ていく予定のコーディネートで着てみる。昔の着物なので、丈が短く、おはしょりがでない。難しいといわれてるらしいけど、なんせ着ること自体初めてなので、よくわからない。本にあるとおりに着てみた。着物から長じゅばんの袖がはみでないように細工したり伊達締めを締める位置など、細かいことは本を前から熟読していたので知恵は仕入れていたため、なかなかカタチになる。みなが心配する帯は問題ないです。かんたん。問題は、着て歩いてると起こるコトたち。だんだん丈が長くなってきてしまうとか、襟元の直し方とかそういうのが気になる。えいっと外にでて歩くと、なんかすそがめくれるー。心細くなり、気づくと全身買いそろえていた西荻のぐれーぷというリサイクル着物やへふらっと行くついでにチェックしてもらおうと向かう。ここは何度も着ていて、ちょこちょこ買っていたけど着物で行くのはもちろん初めて。教室にも通ってないのに、ちゃんと着られているとほめられた。なんかわからんけど、これでいいようだ・・。すそは歩いてるとめくれるもんなんだそうだ。暑い日でなければ着て行けそうで、よかったよかった。

頼んでおいたハードレンズを受け取るまでの臨時で、今ソフトコンタクトレンズをしている。普通のワンデーは、乱視を矯正できないので、モニターで最近でたらしい乱視用ワンデーを使ってみた。普通のだと、乱視持ちの私はなんだかすっきり見えなくて気持ち悪い。乱視用は?うーん、そもそもソフトコンタクトレンズというものが苦しい。ハードは黒目も全部覆わないくらい小さい。しかしソフトは黒目を大きくはみだしてるせいか、目ががっちり覆われていて息苦しい感じ。ハードと違ってあまり目の中で動かないので、ぴちっと密着してる。やっぱりハードが目のためにも経済的にも良いです。でもソフトをつけてると、目が大きくなったように見えるし、キラキラして見える。大きく見えるのは、レンズに色がうすくついてるからかしら。
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